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初心者ブロガーの奮闘記

「嫌われる勇気」を読んでみた。”劣等感は主観的な思い込み”Part10

こんばんは!しんです(^_-)-☆

 

今日は、売上200万部を超えるベストセラー。ホリエモンも絶賛する

「嫌われる勇気」について記事を書きます!

 

本日のテーマは、「劣等感は主観的な思い込み」です!

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結論から言いましょう!

身長が低い、顔がブサイク、勉強ができないなどの劣等感は、他者との比較から生まれる客観的な事実ではなく、主観的な解釈にすぎない。大事なことは、それにどのような意味づけを与えるか。どのような価値を与えるかである。意味づけを与えるのは自分であり、短所とらえるか、長所ととらえるかを選ぶことさえできる。

 

では、具体的に青年と哲人との会話を見ていきましょう!

 

 

 

哲人 あなたは、劣等感とうい言葉をご存じですか?

 

青年 愚問ですね。私は劣等感の塊のような男です。

 

哲人 具体的にどのような劣等感を?

 

青年 新聞などで同年代の人が活躍しているのを見ると、どうしようもない劣等感を感じます。友人が幸せそうにしてるときも、祝う気持ちよりも先に妬みや焦燥感を感じてしまう。もちろん、このニキビだらけの顔も好きではありません。

 

哲人 なるほど。ではわたし自身の劣等感についてお話しましょう。あなたが、最初私に会った時、どのような印象を持ちましたか? 身体的な意味で

 

青年 ええっと・・・

 

哲人 遠慮することはありません。

 

青年 思ったより小柄な方だなと思いました。

 

哲人 ありがとう。私の身長は155cmです。かつて私は自分の身長に思い悩んでいました。もう20cm身長が高ければ、いやあと10cm。そうすれば何か変わるのではないか。もっと幸せなことが待っているのではないか。そう思っているある時、友人に相談しました。すると友人は「くだらない」と一蹴したのです。

 

青年 それはひどい

 

哲人 つづけて彼はこう言いました。「大きくなってどうする。おまえには人をくつろがせる才能があるんだ。」と。なるほど、たしかに大きな男はそれだけで相手を威圧してしまう。一方小柄な私なら相手も警戒心を解いてくれる。小柄なことは、私にとっても、周囲にとっても好ましいことなのだと思い知らされました。今は自分の身長を思い悩んだりすることはありません。

 

青年 ううむ、しかし・・・

 

哲人 最後まで聴いてください。ここで大切なのは155cmという私の身長が劣等性ではなかったのです。

 

青年 劣等性ではなかった?

 

哲人 事実として何かが欠けていたり、劣っていたりすることはなかったのです。たしかに155cmという身長は平均より低く、劣等性に思えるかもしれません。しかし問題は、その身長に対して自分がどのような意味づけをほどこすか、どのような価値をみいだすかなのです。

 

青年 どういう意味ですか?

 

哲人 わたしが自分の身長に感じていたものは、あくまでも他者との比較、つまり対人関係の中で生まれた主観的な劣等感だったのです。もしも、他者などいなければ、自分の身長について思い悩むこともなかったでしょう。

 

青年 つまり、われわれを苦しめる劣等感は、客観的な事実ではなく、主観的な思いこみにすぎないということですね。

 

哲人 そのとおりです。わたしは友人の「おもえには人をくつろがせる才能があるのだ」という言葉にひとつのきづきを得ました。自分の身長も「人をくつろがせる」「他者を威圧しない」とみると、長所になりえます。もちろん、これは主観による解釈です。もっというと勝手な思い込みです。主観的な解釈にはいい点があります。それは自分の手で選択可能だということです。自分の身長を短所とみるか長所とみるか、主観に委ねられているからこそ、どちらも選ぶことができます。

 

 

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